ナギ ナリコのENTREVUE BLOG

「ナギ」ですが時にはあらぶり「エンタメ」「すきなこと」について書く。演劇・宝塚・映画・本、アート・旅行等娯楽、趣味の話とたまにの真面目コラム。

実話を元にしたブラックコメディの裏を読む@『スターリンの葬送狂騒曲』

こんにちは。最近気付いたのですが、何故か?このブログ、

www.hotchillireviews.net

というサイトの映画レビュアーランキングトップ300位に選ばれているようです。個人の方が運営しているサイトで、わたしのような辺境ブログをなぜ入れてくれたのか不明ですが…ブログ村からかな?

ご存知の通りこのブログ、半分以上は「ヅカネタ」「舞台感想」で運営しておりまして、映画ネタは週に一本あればいい方(まだ十数本くらい)なんですよね。映画も好きですし映画ファンのサイトに載せてもらえること自体は嬉しいことですので、これからもせめて週1位は映画ブログをアップしていこうと思います。

さて、映画ファンならなかなか興味惹かれる題材を扱った「スターリンの葬送狂騒曲」を観てました。スターリンの死を前にした、側近達の右往左往をコミカル、かつシニカルに描いた意欲作です。

 

あらすじ

“敵”の名簿を愉しげにチェックするスターリン。名前の載った者は、問答無用で“粛清”される恐怖のリストだ。時は1953年、モスクワ。スターリンと彼の秘密警察がこの国を20年にわたって支配していた。
下品なジョークを飛ばし合いながら、スターリンは側近たちと夕食のテーブルを囲む。道化役の中央委員会第一書記のフルシチョフスティーヴ・ブシェミ)の小話に大笑いする秘密警察警備隊長のベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール)。スターリンの腹心のマレンコフ(ジェフリー・タンバー)は空気が読めないタイプで、すぐに場をシラケさせてしまう。 明け方近くまで続いた宴をお開きにし、自室でクラシックをかけるスターリン。無理を言って録音させたレコードに、ピアニストのマリヤ(オルガ・キュリレンコ)からの「その死を祈り、神の赦しを願う、暴君よ」と書かれた手紙が入っていた。それを読んでも余裕で笑っていたスターリンは次の瞬間、顔をゆがめて倒れ込む。
お茶を運んできたメイドが、意識不明のスターリンを発見し、すぐに側近たちが呼ばれる。驚きながらも「代理は私が務める」と、すかさず宣言するマレンコフ。側近たちで医者を呼ぼうと協議するが、有能な者はすべてスターリンの毒殺を企てた罪で獄中か、死刑に処されていた。仕方なく集めたヤブ医者たちが、駆け付けたスターリンの娘スヴェトラーナ(アンドレア・ライズブロー)に、スターリン脳出血で回復は難しいと診断を下す。その後、スターリンはほんの数分間だけ意識を取り戻すが、後継者を指名することなく、間もなく息を引き取る。この混乱に乗じて、側近たちは最高権力の座を狙い、互いを出し抜く卑劣な駆け引きを始める。表向きは厳粛な国葬の準備を進めながら、マレンコフ、フルシチョフ、ベリヤに加え、各大臣、ソビエト軍の最高司令官ジューコフまでもが参戦。進行する陰謀と罠――果たして、絶対権力のイスに座るのは誰?!
【公式】『スターリンの葬送狂騒曲』8.3公開/6秒動画

【映画パンフレット】 スターリンの葬送狂騒曲 アーマンド・イアヌッチ 監督 スティーブ・ブシェーミ, サイモン・ラッセル・ビール, ジェフリー・タンバー,

映画『スターリンの葬送狂騒曲』公式サイト

 

共産主義のイメージを逆手に取った「笑い」

スターリン、もとい共産党統治下のソ連についてポジティブなイメージを持っている方っていますか?まあ、いませんよね…逆らうものすべて粛清だの、国民を飢えさせ経済発展を滞らせただの…物騒で凄惨な話ばかりで、現代に至るまでの「赤」、「共産主義」に対するネガティヴイメージは元はソ連と中国の共産主義の敗北に起因すると言っていい。

それがこの映画はブラックジョークを多用し、スターリン自身を遠慮なく「おもちゃ」にし、笑いを誘う場面で構成しているのです。そりゃ、ロシア本国では上映出来ないよな、という内容。

観客は罪なき人がどんどん連行され、あっという間に、(時に何とリズミカルに!)人が死んでいくのを見ながら、一方でスターリンに恐れおののく人びとの滑稽さ、側近達の慌てふためく様子に非常におかしみを覚えます。

役者陣には、なにこのおっちゃん達カワイイ…!と、ときめきさえ感じてしまう出来。いや、まじでカワイイのです、あたふたするおっちゃん達が。

スターリンの娘スヴェトラーナに取り入ろうと我先に走り寄る様や、いざスタリーンが死んだ?!となった時の慌てふためきよう。スターリンを医者に診せなければ、でも優秀な医者は全員殺してしまった…という共産主義あるあるブラックジョーク、なんて冴えてるんでしょう。不謹慎だけどユーモラス。

本当にあの共産主義国家を舞台にした映画…?!という位、結構な凄惨場面を前にしても劇場にこだまする笑い声。かくいう私もくすくす笑ってしまいました。主要な登場人物たちの初登場場面に大げさな劇伴や演出を入れてるのも(特にソビエト軍最高軍事司令官ジューコフ)ヒーローものか!って感じですごくとっつき易いし、カッコイイ。俳優たちも(おっちゃんばっかりですが)皆達者で非常に会話のテンポもいい。キャスティングもハマってましたね。スターリンのおバカ息子ワシーリー(ルパート・フレンド)なんて個人的に超ツボに入ったキャスティングでしたし、フルシチョフ(サイモン・ラッセル・ビール )なんかもああ…ぴったりだな…と。シェイクスピア俳優で名高い役者さんがベリヤを演じていたのも印象的でした。

もうほぼコメディ映画ですが、この「狂騒から生まれてくる笑い」というのが後ほど効いてきます。

 

「笑い」と表裏一体、人間の残虐性を知る

雲行きが変わってくるのがスターリンの葬儀と後継者争いの話が進展し始めてから。マレンコフが(一応)後継者となり、スターリンの葬儀が国を挙げて行われるわけですが、モスクワに大挙した民衆に発砲騒ぎ、多数の死者が出る…と同時に、裏ではベリヤ暗殺をフルシチョフらが企てる。フルシチョフのさり気ないけど、なんやかんやで上手く立ち回り、権力を獲得していく様といったら!ただの「スーツの下にパジャマ着て出掛けちゃう愛妻家のおっちゃん」ではありません。一見「食わせ物」と見せかけ、でも実は運よくのし上がっていくしたたかさ、ってなんだかすごくフルシチョフっぽい…!と思いました。

ベリヤの死、あたりはもうクライマックスですが、非常に毒々しく皮肉が効いています。ベリヤは実際にもこの映画でも非常に存在感ある人物。あれだけカジュアルに「人の死」に笑った観客が、ベリヤの死に際しては全く笑えない。なぜかというと、彼の死だけは、殺されるまでの過程が「しっかり」「生生しく」描かれているから。頭に発砲され、リアルな赤い血が流れ、最後は石油をかけて燃やされる、という非道さ。あんなにキュートだったおじさん達はどこにいったの、という残忍ぶりです。

また、冒頭のある家庭のエピソード、息子の通報で父親が連行されてしまう、でもクライマックス間際、スターリンの死後、父親が戻ってくるというというエピソード、短いけれど非常に示唆的です。父親の底知れぬ瞳の奥の色と、息子の呆然とした瞳が忘れられません。この時代、恐ろしいけれどこういう事例はありふれていたのでしょうね。

また、白眉はこの映画のクライマックスとエンドロール。この映画、ある演奏会から始まり、最後も演奏会で終わるのですが、フルシチョフのあとのブレジネフ、という存在をさり気なく予感させる終幕。スターリンの死、だけでは終わらないソ連共産党の複雑な歴史を思わせます。エンドロールではこの映画の登場人物たちやソ連の民衆達の実際の写真が映し出されていくのですが、その顔に次々と「バツ」印、と非常にシニカル。

ここに至って、この映画を「笑う自分」と「己の残虐性」を意識せざるを得ないんですよね。旧ソ連にまつわるあれこれ、というのは誰もがみんな知っている。「でも」どこか他人事として、昔話として思っていないですか…?という。日常で「ふつう」に人が死ぬ、殺される。一体何人が殺されたのか。そんな恐ろしい出来事をカジュアルに笑える世の中なんですよ、今は。

数々の笑いを誘う場面で観客が爆笑の渦に巻き込まれていく様はまさに「狂騒」。しかし後半になるにつれて客席の笑がどんどん凍り付いていく様が印象的でした。「笑い」とは「客観視」「他人事に」しているから生まれるもの、バカバカしく滑稽に写るからこそ、ですよね。この映画、数々の実話を元にしていて、現代人からすると、え、本当に?!みたいな出来事も多数。でも確かに「おなじ」人間が行ってきた歴史的事実。実話をもとにしているんですよね……はからずも現代社会の世相をどこか意識させるエンディング、寒気がします。ある意味、「納涼映画」ですね。

 

おわりに、日本語版タイトルについて

日本語版『スターリンの葬送狂騒曲』というタイトル、音楽の使い方が印象的なこの演目にはとても合っていてセンスがいい。原題の『The Death of Stalin』からとても良い改変でした。(何せ日本に持ってくるとダサタイトル現象多いですよね…)

上映館徐々に減っていますので、興味のある方、是非ご覧ください!問題作、かつ意欲作です。映画好き、歴史好き、お芝居好き…の中でもコアな趣味の方に特におすすめです。

劇場情報|映画『スターリンの葬送狂騒曲』公式サイト

ではナギナリコがお届けしました!

 

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